日本酒通が行き着く酒
日本酒通が行き着く酒
香り高い辛口 灘

 全国でも有数の酒どころ「灘」は、兵庫県神戸市・西宮市にまたがる地域です。
 兵庫県の清酒生産量は全国1位として知られますが、特に、「灘五郷」は、酒造りに適した風土に恵まれ、水・米・技に優れた「日本一の酒どころ」として有名です。
酒造りの始まりは古く、室町時代にはすでに酒造が始まっていたとの記録があります。江戸時代初期には、水と交通の便に恵まれた池田・伊丹地域が江戸向けの酒造地域として繁栄していましたが、これに対し灘地域は、水車を使った精米や寒仕込みなど独創的な技術を駆使して優良酒造りに励み、その名声を高めていきました。
 そんな灘の酒を語る上で避けて通れないのがやはり、「水」・「米」・「人」の存在で、「宮水」とよばれる日本酒造りに最適な「水」と、酒米の王者ともいえる「山田錦米」の主産地であること。日本三大杜氏の一つに挙げられる丹波流と言われる高度な酒造技術を持った「人」。
 そんな灘の酒は、新酒は辛口で舌触りが荒々しく、男性的で後味にふくらみがあり、しっかりしているので「男酒」と呼ばれています。この若々しい新酒も夏を越す間に熟成し、荒々しさはすっかり影を潜め、ふくいくとした香気の漂う、調和のとれたすっきりした酒質に変わります。このように、秋になって円熟味を増し、酒の質が上がることを「秋晴れ」「秋上がり」といい、他には見られない、灘のお酒の一大特徴でもあります。

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やわらかくまろやかな口当たり 伏見

 歴史好きにもなじみのある酒どころと言えば、京都・伏見。
 三方を山に囲まれた京都盆地は昔から豊富な地下水に恵まれていました。平安時代には宮中に造酒司という専門の役所がおかれ、酒造りの技術が磨かれてきました。鎌倉時代には酒を造って売る店が登場、室町時代には洛中に約340軒もの店があったと言われています。豊臣秀吉の伏見城築城を機に伏見での酒造りが盛んになりました。ミネラル分を適度に含んだ中硬水は発酵が穏やかになるため、きめ細やかな優しい味わいの日本酒となります。伏見の町では今も清冽な水に恵まれており、現在20数社ある蔵元の多くが名水を使い、京都を代表する銘酒を造り続けています。

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 もともと広島の水は軟水で日本酒造りには適していませんでしたが、灘や伏見で造られる日本酒の品質の高さに驚いた酒造家たちが改良を重ね、西条の軟水に適した醸造法を1877年頃に完成。
 1907年に東京で行われた、第1回の「全国清酒品評会」で西条酒は上位を独占。酒処の名声を一気に高め、全国の愛飲家から脚光を浴びました。その後も常に快進撃を続け、大正・昭和時代に西条は三大銘醸地の1つとして黄金時代を築いています。また、平成7年には、国税庁醸造研究所(現・独立法人醸造研究所)が完成し、名実ともに醸造会全般にわたる研究が行われ、東広島市・西条は日本酒の情報発信地となっています。

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日本酒